ハードエッジの落選俳句、590句(1995〜2000)
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95年 |
96年 |
97年 |
98年 |
99年 |
00年 |
角川俳句賞 |
50句 |
水のごとく |
銀の中から |
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花 |
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俳句研究賞 |
50句 |
東山 |
兎の耳の |
ぽん |
梅雨の金魚 |
惑星 |
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俳壇賞 |
30句 |
あうら |
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白木 |
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朝日俳句新人賞 |
50句 |
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富士見ヶ丘 |
夜明け |
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俳句界賞 |
30句 |
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でんぐりがへし |
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ハードエッジ「水のごとく」 50句
角川俳句賞95 落選作 1995.2.28 火
紅梅と教へてやりぬオムライス
通園のはじめは桜の花の印
きらきらとクリーニング屋朝桜
城下町とは町中に春の水
スカーフを春のごとくに広げたり
抱き寄せてみてカーテンの暖かき
ハーモニカれんげ畑のハーモニカ
菜の花の中に老ひたる(訂→老いたる/0104)電車かな
切られたる梅の蕾を掃きにけり
植木市賑はつてゐて緑なる
七宝に厚みあるごと春愁
不揃ひのなおさら(訂→なほさら/0104)よろし雛の箱
篝火のわが世の春を焼き尽す
校庭の塀乗越へて(訂→越えて/0104)夜桜よ
春雨に戦艦濡れたまま沈む
いつせいに彼岸へと散る桜かな
姉さんと呼ぶ声のして桜かな
有難き畑のなかの桜かな
鉄塔の巡礼のごと山越る
初夏の橋を渡つてゆく風呂屋
鳴きながら体当りして蝉落る
朝顔は萎みはじめて洗濯機
真中の先に消えゆく花火かな
暗闇に青鬼灯といふ硬さ
流星や柱の中に錆びた釘
白桃の大きな皮と思ふかな
線香の火はゆつくりと秋の暮
芋畑掘尽したる闇夜かな
落し水とはつぶやきのさやうなら
鉄骨を塔に組みゆく寒さかな
屠られし戦艦のごと蓮枯れる
沈みつつ広がつてゆく屏風かな
花も葉も一つの華となる焚火
戻来ることのうれしき小春かな
仏壇をのせたる箪笥にも冬日
抽斗の底板うすき年の暮
年の瀬や乗りたるバスの薄暗き
下町は霙と聞くもわびしかり
吐く息の布団にこもる懐しさ
雪の夜に火事のあるらし寝てしまふ
公園の照らされている(訂→ゐる/0104)寒さかな
行く年や橋に裏側ありにけり
風呂屋にて歯を磨く人大晦日
去年今年夜行列車を歩くかな
垂れていて(訂→ゐて/0104)力の強き凧の糸
水のごと広がつてゆく今年かな
大寒の空かきまはす鴉かな
日溜りの猫に生れて動かざる
暖かや物の影みなあらはれて
黒板をきれいに拭いて卒業す
ハードエッジ「東山」 50句
俳句研究賞95 落選作 1995.2.28 火
東山ひとつ鴬餅ふたつ
駅そばのおばさんの食ふ桜餅
啓蟄や水道管の枝小枝
鴬やお米をとげばにごり水
遠足の明日を伝へよ糸電話
来てみれば重たき春の大河かな
水槽に金魚の眠る雛の間
流さるる雛の眼のひらかれて
うららかやはとバスがきて運び去る
振つてみる尻尾もなくて春愁
春昼やプリンすとんと抜け落る
物忘れ光陰の矢もかげろふよ
失物も朧の夜となりにけり
浮かれでて尻をつつくや桜の根
アイロンのゆつくり冷めてゆく四月
遮断機の先の勢ひよく五月
初夏や天地無用と書いてある
朝顔の種蒔く人やおとうさん
目をつむることを好むよ蟇
発掘をされたる物の炎天下
街灯を点してからの夏の空
裸婦像のブロンズ色の暑さかな
穴掘の水もうれしや磯遊
いま昔ゆつくり上る花火かな
雨に濡れ雨に崩れて蝉の穴
身にしみて鮎甘露煮となるところ
めつきりといふ涼しさのきのふけふ
前うしろ乗せて自転車秋の空
朝霧の谷を出にけり消えにけり
秋鯖を二枚重ねの新聞紙
侍居ることの不得手に栗の尻
桃の木にあまたの梯子仕る
秋雨や風呂屋から出てコロッケ屋
歯磨の薄荷うとまし十二月
ひつぱれば伸びる靴下十二月
青白きとは大根の元氣かな
葱の香の物干竿の長さかな
鍋の麩の水を吸込む寒さかな
俳諧の上手を志す海鼠
冬の鷺尻のあたりを吹かれをり
街灯にかぶさつてゐる寒さかな
公園の忘れられたる大晦日
やはらかに乱篭へと去年今年
つんつんと空の果かも凧
量産といふべきほどの氷柱かな
初場所や仏壇に火を点すころ
夜動かざる物どもよ餅に黴
蓋とれば煮凝りにさす朝日かな
兎小屋当番の子の着ぶくれて
晴れの日に身を縮めたる金屏風
ハードエッジ「あうら」 30句
俳壇賞95 落選作 1995.9.29 金
春燈や人魚に蹠なかりけり
家中に新しき釘冴返る
亀鳴くや右へまはして開ける鍵
鴬のうぐひすの妻呼ぶ音なり
細やかに刻んで雛に奉る
猫の子の舐められてゐる命かな
遠足や大きなものに象・鯨
種蒔くは葬ることに似たるかな
偽札のごとくに桜吹雪かな
なきがらはうつくしきかな桜貝
ふりかへるとは鹿の子によく似合ふ
あぢさゐのあの字の如く咲きにけり
暗喩とは他人の空似蟇
萬緑に憧れてゐるシャンデリア
鱗粉を豊かに散らす蜘蛛囲かな
蜜豆やご主人様によろしくね
日向葵やくびれてゐるは醤油瓶
涼しさや尼さんにある後頭部
朝顔の裏おもて咲く垣根かな
遠花火屋上といふ行止り
科学者は白衣をまとふ夜の蝉
ほうたるや提灯は落ち燃えあがる
夏痩せや封筒の舌折り返す
土不踏秋の季語にはあらざるも
花の痕とんがつている白桃よ
柿喰つてますます黒き鴉かな
飛行機の次々飛べる良夜かな
崩れ簗どこまで夜行列車かな
いつぞやの寒さと比べられにけり
千里飛ぶ白鳥の腕太きかな
洗はれてまんまるの皿実朝忌
ハードエッジ「銀の中から」 50句
角川俳句賞96 落選作 96.2.28 水
あたたかや銀の中からチョコレート
グライダー胸で降りくる春野かな
むかふがは見えるトンネル春の雨
黒猫が黒猫を産む朧かな
落椿殻を破つてひよこかな
アキレスの亀鳴き初めし世紀末
モーターでまはす剃刀春祭
ぶつければ弾むゴムまりニル・ヴァーナ
切花は逆さにさげる西行忌
赤鬼の腕を燃やす花篝
胸中に栞のごとく春愁
列車ゆく赤き春燈二つかな
行く春やまるくふくらむもの涙
ひざ小僧とはそら豆に似たるかな
袋詰めされたる命蟇
萬緑や抜身はうはむきに飾る
氷柱のさはられやすきところかな
スクリューはゴムにて廻る油蝉
赤城加賀飛龍蒼龍夕焼かな
銀色にかがやく誘蛾燈地獄
螢篭かこはれものを死なせたる
太陽は直視に耐へず曼珠沙華
すすき原大風呂敷を広げたる
速達は赤きスタンプ星月夜
自販機のあつてこれより大枯野
流星や二段ベッドの上が好き
満月に照らされてゐる一夜干
秋雨やへの字つなげて屋根瓦
秋の暮総身亀の子束子かな
赤蜻蛉みんな遠くへ行つたきり
街路樹の等間隔や神無月
小春日や線香の灰こまごまと
吹かるるは背骨のあたり山眠る
火を盗むプロメテウスや焼芋屋
口中の一番奥に穴師走
冬の波畳の下に新聞紙
首さらしおく極月の湯舟かな
丼に親指大事夜鳴蕎麦
初日の出光りかがやく我らかな
大旦わらふデビルズ・アイランド
ばうずめくり姫で贖ふ坊主かな
巫女さんの袴は赤し寒卵
あかぎれのさらに破れる痛さかな
皿立てに皿かわきゆく実朝忌
舌と歯と冷たくうすきくちびると
マスクして眼だけ笑つてない人よ
雪の国の兵隊白き銃持つや
埋火のいつしか雪のごときかな
ゆたんぽをぽこぽここぼす梅の朝
五十音順に並んで卒業す
ハードエッジ「兎の耳の」 50句
俳句研究賞96 落選作 96.2.28 水
啓蟄や地軸ほどよく傾きて
うららかや龍もとぐろを巻きたるよ
春風や兎の耳の赤ん坊
春の空ふたはねあげてランドセル
仔馬来るどこかでお会ひしたかしら
底抜けの穴を春野に探しけり
ビニールの傘こそよけれ春の雨
高階に月をみてゐる雛かな
温泉の素の広がる朧かな
墓石の背中合せや花の春
泪落つ椿の落ちる如きかな
鳥帰るテレビにテレビ映りつつ
風船のいつしかしぼむ春愁
野に出でて薬罐かがやく田植かな
萬緑や文藝の徒にお弁当
箱庭の遠眼差しの男かな
お揃ひの夏の帽子が喧嘩する
ひろげてはあふぎてみては扇買ふ
望遠鏡逆さに覗く敗戦日
土用波荒々として豪華なる
言の葉に神生まるるや菊根分
鍋の底丸くて平ら神無月
ねかされて寝かされて蘆刈られゆく
雑巾の枯野を舞つてゆきにけり
※「枯野」は冬だぜ >オレ/99.7.4
針金はペンチにて切る曼珠沙華
昼前に通り過ぎたる野分かな
電球は突然切れる大枯野
※「枯野」は冬だぜ >オレ/99.7.4
颱風の湯舟でかける電話かな
寒菊や漂白剤に花瓶浸け
どうみても焚火にあたつてゐる格好
胸に手をあててスケート選手舞ふ
ゼロで始まる市外局番冬篭
時雨るるや膝枕して蔵之助
顎の先にて風呂吹を弄ぶ
セーターの胸こそよけれクリスマス
背を叩く出刃包丁や年の暮
行く年やバックミラーの曲面す
賑やかに人流れゆく除夜の鐘
新年やぼつと瞬間湯沸器
老人にかぶさつてゐる外套よ
寒卵ごつんと割って旅の宿
ならびては夕日見てゐる寒雀
寒夕焼眼とは心の窓なるや
ふところに鴉やをらむ雪女
校庭のすべての氷割られたる
降る雪や市電市バスのある都
屋根に雪畑にも雪つながれり
帽子ふたたびバケツとなるや雪達磨
いくらでも雪捨てられて日本海
流されてゆくこそよけれ雪見舟
ハードエッジ「ぽん」 50句
俳句研究賞97 落選作 97.6.30 月
初春のうれしきものに同い年
ふくらむや新年十二大付録
乗初や遠くゆくにはあらねども
きさらぎや貝の中には貝の肉
箸箱の蓋のするする弥生かな
雛段のうしろに月を沈めたる
ねえさんはまだ学校やしやぼん玉
いもうとのあしてまとひや桜貝
お涅槃や方程式に解ふたつ
春の蚊に足裏刺されし男かな
婆は着物爺は背広の彼岸かな
ひらかなにふところ大事春の風
春の日のことりと落つる眠りかな
春昼のかすかに寝息たて給ふ
花ふぶきお巡りさんが出てきたる
春塵や加算にはげむ電算機
仏壇に金色の闇桜餅
花篝がさりと夜は更けにけり
麦秋や水かけて家つぶさるゝ
行く春や帽子にかくれ帽子掛
初夏のあすの最高気温かな
牡丹や西と東に鬼瓦
つゆ寒のとなり近所でありにけり
天かすを花と散らすや梅雨篭
父の日の天気予報を見てゐたる
青田風正直者の頭かな
萬緑の中や家系図垂れ下がる
腹空かせたる蟻地獄のへこみ
昼寝覚すなはち時計動きそむ
薔薇は剪られ蝉は大気に曝されて
西日して耳の中まであからさま
こよひまたきのふと同じひとりむし
国道をそれて渚へ夜の秋
秋風のどこでどうしてゐるのやら
いなびかり遠くはなれて親子なる
曼珠沙華他人の夢のごときかな
座礁して穴あく船や後の月
銀漢やみすぼらしきはわが裸身
業火にて焼くべき鶏頭の肉
向ふ岸もやがて途切れて秋の暮
くらやみの紅葉の宿につきにけり
うはずみのごとき冬日でありにけり
なはとびの出口が冬の空にかな
冬の花火ぽんと煙を吐きにけり
冬すみれ噛んで含めるやうにいふ
お嬢さんお入んなさい寒夕焼
毛糸編む鋭きものを意のまゝに
着膨れて蕎麦屋のテレビ見上げたる
鎌倉を落ちゆく寒の椿かな
手毬唄十は遠くに捨てられて
ハードエッジ「白木」30句
俳壇賞97 落選作 97.9.29 月
お涅槃や黒板拭に文字の屑
詰められて仔猫眠るや段ボール
音楽の時間薫風おこりけり
ひらきたる薔薇に蜘蛛の跨がれる
殉教や白き牡丹に金の蕊
なめくぢり耳をすましてゐるやうな
傘の柄の太く曲るや花南瓜
長靴の中の親指ひきがへる
星まつり中國製のパジャマかな
切れかけし螢光灯のごとく蝉
蛾の腹に鱗粉詰まりゐはせぬか
走馬燈追ひかけてゆく男かな
うたた寝に団扇の風を賜はりぬ
ものかげに秋を窺ふ気配あり
同じ顔が鏡の中にけさの秋
熱飯やけふ秋晴となりぬべし
ピーマンといふしゃっくりに似た形
うかうかと九月も半ば過ぎにけり
秋風や魚を売つて山の中
曼珠沙華手を汚さずにゐたりけり
ニッポンは地図にくれなゐ秋の風
渡鳥うたがふことのなかりけり
月出てたちまち陸の孤島かな
名月に白木のごとく照らさるゝ
名月や赤き紐には猫の鈴
水飲むや屋根の上には天の川
洗ひたる障子水より立上る
アンコールのごとく鳴子を鳴らしけり
十月や水輪の中に石を沈め
映画館出て短日の人となる
ハードエッジ「富士見ヶ丘」50句
朝日俳句新人賞97 落選作 97.12.25 木
スプリング・ハズ・カム三色ボールペン
ふらここの大地にふれることもなく
春の風邪おでこで熱をはからるゝ
雛段に小さき写真飾りある
たらたらと落花土星の輪となりぬ
花の宿湯舟に足の長きかな
番頭に家業継がすや花衣
春昼のあければポンとママレード
鯉のぼり羽音を立ててゐたりけり
よくできた奥さん梅雨の晴間かな
金魚鉢隠るゝところなかりけり
噴水の根本しつかりしてゐたり
病院にほがらかな子の素足かな
玉の音といふべかりけりラムネ飲む
緑蔭に水晶を秘め腕時計
千本のチェーンのごとく滝落る
水を打つごとくに銀の花火かな
少年の昼寝少年の夢ばかり
われ先に死ぬ陶酔や蝉の声
石投げて波怒らせる夏の果
螢の飛んで光の速さかな
手を当てて髪のあつさや秋櫻
夏休みあけて欠けたる一人かな
いふなれば一族の名か秋の風
萼の色石の色なる秋茄子
筋金の入りたるビルや雁渡る
秋雨や箪笥にしまふ保険証
鶏頭を抜くやぼたもちほどの土
毒をもつて毒を制すや曼珠沙華
秋の夜の机に置かれ焼魚
スポンサー途中で替る夜長かな
ものぐるひ秋の夜陰に乗じたる
あつまつておろおろとして露の玉
どしやぶりのごとくに柿のたわゝなる
敗荷の頭を水に沈めたる
九回の裏へと流れ星あまた
金の蕊机に落る冬至かな
思ひ出し笑ひくすつと返り花
枯野ゆく流線形の電車かな
天井の高き館やすきま風
枯枝のごとく書かれしサヤウナラ
十六輛編成雪の関ヶ原
落す湯に渦あらはるゝ年の暮
数へ日に羽毛のごとく残さるゝ
浴室の中の鏡や去年今年
元朝の富士見ヶ丘となりにけり
ふはふはの粉雪のごとき毛布かな
白息でみがきし一語一語かな
母の耳まぢかにのぞく寒さかな
山桜みにゆく飛行船ならむ
ハードエッジ「花」50句
角川俳句賞98 落選作 98.5.27 水
花の堤大きく曲るところかな
橋の上に止まれば花のくるまかな
舞ひおりて花びらは地を流れそむ
「おお」といふ落花の中の赤ん坊
呼び捨てに男の子別るる花の道
たそがれの薄墨色のさくらかな
満開の桜を夜に沈めたる
夜桜や黒と金なるオートバイ
おりからの風にあふられ花篝
浅蜊蜆生きて売らるる花の雨
立ちつくす雨の桜でありにけり
紙ぶくろ雨にぬれるよ西行忌
さびしさにネオン点けるや花の雨
土砂降りの夜の桜を見に行かな
ぶるぶると枝の先まで花満てり
花の雨しんから冷えてしまひけり
銭湯に人なつかしき花の雨
行く春や鉄鎖に船をつなぎとめ
初夏や固く大きく塩煎餅
うすみどりみどりこみどり五月かな
薫風やはばたくものは浮きあがり
烏賊の腸ずぼりと抜ける牡丹かな
焼かれたる毛虫沸騰してゐたる
蜘蛛の子を散らしてけふの別れかな
割烹着の腕の太さよ母の日よ
父の日といふ銀紙の如きもの
ソフトクリーム天使のつむじありにけり
赤ちやんのころの話を爽やかに
横抱きにされて磯巾着に消ゆ
なにもかも水びたしなる昼寝覚
洗ひ髪背中は白き銀河かな
泣きながらついてゆく子や秋の空
菊枯れてなほ明るみをなせりけり
死蛍を叩いて落す螢篭
※「蛍」は夏だぜ >オレ/99.7.4
小春日の小犬のごとき虚子の顔
引きずつて裾のちぎれて冬の蝶
冬の蝶あつちへいけとあがきけり
死神が障子のごとく立つてゐる
横倒しとは凍蝶の死の形
塩水に塩の見えざる二月かな
ゆく水にぽとぽと椿したたらす
遠足に灯の点りたる厨かな
風車あらそふやうにまはりけり
ぶかぶかと軍楽隊やチューリップ
練習を見てゐる人の春日傘
うらゝかなお部屋ありますみゆき荘
蒲公英やバスの後には土けむり
春の日のうつらうつらと沈みけり
裏側は白紙卒業証書かな
金銀を裏打ちとして桜鯛
ハードエッジ「梅雨の金魚」50句
俳句研究賞98 落選作 98.6.30 火
男の子雛の家に来りけり
かの鳥のバリカン頭さへづれり
孕み猫赤い首輪の新しき
うららかやあかがね色の大仏
涅槃図の裾を畳に余したる
火を止めた後にがさりと浅蜊汁
暮れてゆく植田に人のなかりけり
むらさきとうすむらさきの花菖蒲
青梅雨のゆふぐれ長くありにけり
教室やあかあか梅雨の灯を点し
玄関に雑巾梅雨長きかな
水を得ていま紫陽花の濃紫
紫陽花の栄華日向葵が見てゐたる
荒梅雨の書類に印を点じたる
梅雨の夜を寂しがらせよ金魚玉
梅雨の夜の漫才落語二題かな
長梅雨の中の月夜となりにけり
梅雨前線つまんで低気圧うごく
手のひらをかへすがごとく梅雨晴間
梅雨明けて来るべき時来りけり
ゆふがほのつぼみしぼみによりそへる
斜に構へたるは金魚をすくふため
弟悲し金魚すくひをかきまはし
さびしさや金魚の水にふくらむふ
乱舞して金魚一匹喰はれたる
手のひらやぺたり吸ひつく金魚の死
死ねばまた買ひくる金魚悲しけれ
熱帯魚青い光の中にかな
天使の矢命中ソーダ水に泡
抜殻をうしろに負ふや髪洗ふ
古水着箪笥の中に涸びたる
蝉生れてまだ湯上りのごときかな
蜻蛉の細腕にして殻を出づ
蜻蛉の生れて水色空色に
ふさふさの尻尾のごとき毛虫かな
夏つばめ見事な毛虫咥へたる
糸蜻蛉水辺も暗くなるころか
たらふくに動く血豆となりし蚊よ
蝿虎つま先立ちをしてをりぬ
父の下駄はいて楽しや朝ぐもり
番犬の昼寝の邪魔をしてしまふ
ちげえねえちげえねえとて冷奴
稜線の赤を連ねて西瓜かな
油揚のごとき瞼や昼寝覚
羽抜鶏ばりばりばりとオートバイ
日向葵の葉の一枚の平手打
日向葵に配線の束ありにけり
ひまはりの首筋やつれはてにけり
夕焼の日輪すでになかりけり
夏の日の終りセロリを折るごとく
ハードエッジ「夜明け」50句
朝日新人賞98 落選作 98.12.20 日
啓蟄や梯子は足を地につけて
桜貝夜明けの色でありにけり
銀貨てふ桜貝より重きもの
金といふやはらかきものニルヴァーナ
春風に流されゆくやヘリコプター
大阪や魚雷のごとく孕猫
素麺に繙くといふことのあり
桃にまだ桃色のなき午睡かな
日向葵や雑巾棒のごと乾き
さらさらと命落すや蟻地獄
突立つてゐるびしよびしよのソーダ水
その人の口の中なるさくらんぼ
家族とは花火を囲む数ならむ
蚊遣香灰のたくつてゐたりけり
真夜中に浮んでゐるは金魚かな
死なせてはまた買つてくる金魚かな
流れゆく闇ぐわうぐわうと螢篭
東京に向ふ電車や土用波
赤とんぼ湯舟に水を入れ始む
もものみのうすももいろにふくらんで
日に焼けて運動会を帰り来る
夜学生レインコートを着て来る
秋燈の点いて廊下の突当り
棚の上に箱のありたる夜長かな
口笛のごとくに星の流れたる
流星や生れたるものは水にぬれ
銀漢や尻に証の蒙古斑
白桃の重さ満月の重さかな
颱風の明けたる隣近所かな
しぐるゝや目玉焼の目つゝきつゝ
絎台の先の針山一葉忌
木枯の回転扉レノンの忌
冬曙悲しきまでにきらきらす
銅の薬罐のごとし寒の暁
日の光あまねく受けて枯蓮
蓮根掘莞爾と笑ふことのあり
必は心にたすき龍の玉
たそがれの雨は霙となりにけり
寒夜子が茶の間に来り泣くな泣くな
雪の夜の閉ぢて絵本は板のごと
枯野ゆく夜行列車や架線に火
年迫る湯屋の煙突煙吐け
寒風の吹いて賑か暦売
搗く餅に影といふものなかりけり
餅搗いて一家の長となりにけり
雪深き山懐に発電所
去年今年生中継の画に乱れ
玉川の新玉の水奉る
機関車に日の丸立てゝお正月
初芝居大いに笑ひ少し泣き
ハードエッジ「でんぐりがへし」30句
俳句界賞98 落選作 98.12.30 水
紅梅のこぼれて雪を冷たくす
国表より到来の桜鯛
波が来てでんぐりがへす涅槃かな
髪はなく唇はある落椿
落椿小鬼がおどりかかりけり
足長蜂それはさみしき兄のやう
こころなしとは桜の下に立つことか
ひもとけば重箱ふたとれば桜餅
燕の巣軒端をもぐるあたりかな
のみこみの早くて燕の子なりけり
よろよろと弱法師のぼる花火かな
眼にものを見せたる花火消えにけり
あふ向けの蝉のお腹をなでてやる
桔梗の莟み一寸法師かな
手首から手の生えてゐる月夜かな
一葉忌すなはち勤労感謝の日
言葉にはならぬ思ひを返り花
行灯の個人タクシー三の酉
焚火たきび親はなくても育ちけり
寒入日浮んでゐるがやつとかな
風吹けば灯のつく寒き港かな
らふそくの芯に泉や小夜時雨
メリー・クリスマス火を吹く大男
聖夜劇窓の外にも雪降りつゝ
みづからも足踏みをして寒気団
冬の金魚餌が沈んでゆきにけり
外套をすつぽ抜けたる女体かな
きふにふき奇妙なものと思ひけり
着火音とは長葱の緑かな
太箸に一家の名前そろひたる
ハードエッジ「惑星」50句
俳句研究賞99 落選作 99.6.30 水
芽の中に牙といふ文字山笑ふ
理容師の胸に鋏や春の雪
春泥やいつぱしの口きくやうに
春の小川ゆゑにどこにも止らずに
啓蟄や板を突き抜け錐の先
啓蟄や空の上半分に穴
火夫といふ黒き男や椿落つ
縁側の春の渚にひとりゐるよ
目に見えて音に聞えて春らしく
惑星のごとく大きくしやぼん玉
雛流す舟の引きずる千羽鶴
亀鳴くやないやうである百年後
かげろふや茹てこりこり蛸の足
頑丈な赤き薄板チューリップ
菜の花や海は東に置くべかり
生家すでに人手に渡り春の川
てのひらを紙風船の港とす
春宵や故なく人にほめらるる
嘘のやうに晴れて花見の水たまり
咲満ちて巌のごとき桜かな
花満ちて母音母音と掛時計
恋衣脱ぐや花びらこぼれ落つ
空に花海より出づる桜鯛
葉桜やちりりと銀のイヤリング
美しき水の一村つばくらめ
土曜日のコバルト色に夏は来ぬ
吹く風の湖より来る緑かな
いい匂ひして羅の母とゆく
紫陽花はまだ童貞の色にして
海を開き山を開きて夏の星
万緑や寂しきものに永久歯
親の云ふことを聞かずよ蟇
風少し出てきし母の昼寝かな
負け犬を舐めて馴れ馴れしくて蝿
夕焼の海に頭を出してゐる
真夜中の時の流れの中に魚簗
おかつぱの黒髪に花盆踊
火を焚いて流線形や茄子の牛
土盛つて列車を通す枯野かな
藍すがし茜めでたし初御空
表にも紅こぼれたる賀状かな
双六の題名空を飛びにけり
骨盤といふ丼や福笑
一輛の機関車松を過ぎにけり
初場所や懐紙にくるむ甘納豆
湯たんぽや父母店をたたむらし
大寒や投げてばたばた時刻表
寒鴉喉から声が出てきたる
しばらくは冬青空を見てゐたき
風邪に寝てをれば耳あかたまりけり